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『映画 聲の形』あの手話の意味は?
更新日: 2020-07-31 19:27:39
硝子が最後に伝えるあの手話の意味は?
mokumoku
聲の形 手話 硝子 +
京都アニメーションが2016年に制作した『映画 聲の形』
感動的な物語や、巧妙な演出などの評価が高く、根強い人気を誇るアニメーション映画で公開当時も20億円以上の興行収入を獲得しました。
 
『映画 聲の形』(2016)あらすじ
小学生の石田将也のクラスに転入してきた西宮硝子。彼女は、先天性の聴覚障害をもっていて、うまく言葉を聞き取ることや会話することができなかった。仲良くしようとする周囲の一方で、硝子のせいで困っているクラスメイトの姿を見て将也は硝子を虐めてしまう。

学級会が開かれる事態にまで発展し、責められた石田は逆にクラスからいじめの対象となってしまい、西宮も転校をしてしまい、二人は疎遠になってしまう。

そして、時は流れて高校生となった将也。一度は自殺を考えて、過去の清算の為に硝子と再会するのだが、それを機に再び西宮との親交が深まり、次第に周囲の人間関係にも変化が生まれていく……。
出典:https://filmaga.filmarks.com/articles/61199/
 
アニメ映画では描かれていない秘密
原作にはあったのに映画では描かれていない場面やエピソードなどもいくつか存在します。
 
高校生時代に新たに友人となる、真柴智。映画では彼のいじめられた過去については、さらりとしか触れられません。ですが原作漫画では具体的に容姿を嘲笑されるといったいじめの内容や、いじめられている幼い子供達を直接注意するなど、いじめに対してより敏感である姿が描かれます。
 
原作では文化祭に向けて映画作りをするというエピソードが用意されています。永束友宏が監督となり、将也の関係者たちと協力して映画作りを進めていくのですが、『映画 聲の形』では大胆にその内容はカットされています。永束が映画の最後に見せるちょび髭は、映画の撮影時にも蓄えていたもの。もしかすると描かれていないだけで、その裏では永束たちの映画作りが行われていたのかもしれません。
 
手話が伝えるメッセージ
小学校時代、学校の池の前で硝子と将也が対峙するシーン。このシーンで硝子が将也に投げかける手話は、その瞬間では訳されません。手話を知らない人にとっては、ここで硝子が何を伝えようとしていたのかが、将也と同じく分からないように出来ています。

しかし、後々の場面で将也と硝子と再会する際に、この手話が何を表していたのかが明らかになります。「自分と友達になって欲しい」という投げかけであったことが成長した将也の口から語られるわけです。あえて、手話の意味を言葉にしないことで、将也の気持ちを追体験できるように出来ているわけです。
 
観ようとしない視点と観たいのに観えないもの
本作はアニメーションなので、撮影用のカメラなどはないのですが、だからこそ制作側が意図的にどう見せたいかによって画面がぼやけて観えたり、画面が急に晴れたりといった演出が随所に施されます。
 
何を見ていて、何が見えていないのか。それを気にして映画を観ても発見があります。
 
耳を澄ますと聞こえてくるもの
特徴的に使われているノイズ。作品の随所に、作為的にノイズが入るようにできています。
 
このノイズを作っているのが、牛尾憲輔。ソロプロジェクトとしてagraphや、ロックバンドLAMAのメンバーとして活躍しているミュージシャン
将也が他人の声を聞こうとした瞬間に、このノイズが響くのです。補聴器のノイズは、どちらかというと硝子が体験するはずのものですが、それを将也が感じているのが象徴的。人の声を聞こうとするために生じるノイズは、誰にでも伴うものであることが、映画のノイズ音が示してくれています。
 
硝子が最後に伝えるあの手話の意味は?
両手の小指を上下に絡ませる手話は、「約束」や「誓い」といった意味。その意味を知ると、硝子が将也に伝えようとしていた思いも伝わってくるでしょう。
 
https://filmaga.filmarks.com/articles/61199/

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